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カート

カートが空です

潜在的な欲求の解放

90年代前半のGUCCIは、保守的な老舗ラグジュアリーブランド
としてのイメージが強く浸透していた。

多くの人々にとって憧れの存在であることに変わりはなかったが、
当時のファッションシーンにおいて
大きな熱狂の中心にいたとは言い難く、やや停滞していた。

しかし、1994年にGUCCIのクリエイティブ・ディレクターに
就任したトム・フォードは、
それまでのクラシカルで保守的な印象とは対照的に、
華やかさや官能性を前面に打ち出し、
GUCCIを再び熱狂の渦の中心へと押し上げた。

さらに1999年からは、GUCCIグループ傘下となった
Yves Saint Laurent Rive Gaucheのデザインも手掛け、
2004年まで二つのラグジュアリーブランドを同時に率いていた。

トム・フォードの官能的なスタイルは、
人間が誰しも持っている欲望を服を通して刺激し、
自然と人々の意識や視線を奪っていった。

深く開いたシャツ、光沢や艶のある素材、
ボディラインを強調するカッティング、計算された露出。

彼のデザインには、官能性を感じさせる要素が数多く存在した。

しかし、重要なのは単なる露出ではない。

トム・フォードの官能性には、
他ブランドと一線を画す線引きが為されていた。

人間は他の動物以上に、
想像力によって魅力を膨らませる能力に長けている。

すべてが見えている状態よりも、
「まだ見えていない一歩先」や、
「何かが隠されているかもしれない」という不完全さが
想像力を強く刺激する。

こうした想像の余白があることで、
人は無意識に惹きつけられてしまう。

そして彼のデザインには、危険さと上品さが同居していた

下品さへ転落し得る危うさを孕みながらも、
最後の一線を美意識によって保っている。

制御された官能。

GUCCIでは、70年代的なグラマーや退廃的な色気を通して、
欲望を華やかに解放し、

Yves Saint Laurent Rive Gaucheでは、
危険さを孕んだエレガンスによって、
より洗練された緊張感のある官能性を表現していた。

どちらにも共通していたのは、
人々の想像力をもって人を惹きつける点。

本能と理性を同時に刺激する特異的な魅力を
トム・フォードは作り出していた。

そして、この官能性が強く支持された背景には、
時代も大きく関係していると思われる。

90年代はミニマリズムが主流化し、
シンプルさや無機質さ、気取らないこと、
そして反ラグジュアリー的な価値観が
強く支持されていた時代だった。

その中で、華やかさや贅沢さを感じさせるデザインは、
やや時代の流行から離れた立場に置かれていた。

だからこそ、
トム・フォードが2つのラグジュアリーで打ち出した表現は、
当時の空気に対して非常に斬新で新鮮に映った。

抑制や簡素さが支持され続ける中で、
本能的に人々は欲望の解放を求め始めていたのではないだろうか。

トム・フォードがこの時代に表現したものは、
単なるセクシャリティではなく、

欲望をラグジュアリーへと昇華した
エロティシズムだった。

そして、この「欲望の解放」という感覚は、
現代の日本社会にも通ずる部分がある。

肌の露出や性的なアート表現、LGBTQなどに対して、
依然としてどこか保守的な視線が残っているように感じる
今の日本。

SNSの普及で、なりたい姿を明確に持つ人が増えた反面、
そうした感覚を持った人が、
少し生きづらさのようなものを抱えている側面もある。

だからこそファッションには、服を着る以上の意味を持つ。

今回取り上げた、
トム・フォードの表現したラグジュアリーたちのように、
私たちが扱う洋服もまた、誰かにとって欲望を少しだけ解放する
きっかけの一つになれば、この上なく嬉しく思う。

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